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「いやだ」②

「いやだ……いやだ!」
僕の口から初めて、明確な、はっきりとした、大声の拒絶の言葉が飛び出した。
赤島はにやりとして「何だ、今までずうっと黙って俺に殴られてたから、お前にはそういう言葉を言う機能が欠けてるのかと思ったよ」と言った。でも僕の左腕を掴む左手の力も、僕の首を掴む右手の力も緩めようとはしなかった。
「お前、死ぬかもって思ったからやっと拒否したの?てことは今までは別に死なずに耐えられると思ってたんだよな?ああー甘かったわ、もおっと毎日死にたいと思わせておけばよかった。それか、死にたくない、生きたいと思わせておけばよかった」
赤島は本気で後悔しているように項垂れた。でも次に顔を上げたときも、やっぱりにやついていた。ほとんど、拷問を楽しもうとしているような表情だった。僕は、こいつは本当に頭がおかしいんだと、半年間殴られ続けてやっと気が付いた。
「今までだって思ってたよ、こんな毎日、死んだ方がマシだって!理由もわからず、痛い思いばっかりさせられて」
「あれ?言ってなかったっけ?」
赤島は本気で不思議そうな、素っ頓狂な声を出した。僕は慌てて再び口を開いた。
「どんな理由であれ、ここまで殴って、蹴っていい理由にはならないはずだ……!俺が何かしたならそれを謝るから、それを埋めるから!いやなんだ、もう母さんに心配かけるのはいやだっ」
「なあ、お前、母親のこと愛してるの?」
赤島は急に声のトーンを落とし、真面目な調子で言った。僕は突然出て来た「愛してる」なんていう単語にひっと息を飲んだが、脳裏に母さんの疲れた笑顔が浮かんできたから、ちゃんと答えた。
「これが愛だってはっきり思ったことはないけど、たった一人で僕を育ててくれた母親なんだ。とても大事に思ってる」
「じゃあ母親からの愛は、いやじゃない?」
「……いやじゃない」
すると赤島はからりと明るい笑顔を見せた。しかしそれはすぐに、先ほどのにやつき――しかもそこに、何か特殊な何かが混ざった笑みをたたえて、ぐっと僕に顔を近づけた。
「俺、お前のこと好きなんだよね。それが理由だよ。人間の一番強い感情って、『生きたい』か『死にたい』だと思うんだよね。辛くてきつくて泣きそうなところまで追い詰められたとき、『こんなんでも生きたい』か『こんなんなら死にたい』のどちらかは思うじゃん。俺が一番の感情をお前にあげたくてさあ。好意だよ、愛だよ」
赤島は今まで俺につけた痣や傷の全てを撫でまわす。僕は頭がまわらずされるがままになっている。まわらない頭で、赤島の笑みに混ざる特殊な何かが、欲情だと気が付いた。
「なあ、それでも、いやだ?」
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「いやだ」①

食え、と言われたのでまた口を閉じた。先ほどは喋れと言われたから閉じたのだった。
足立と名乗った、狼のような顔をしたオッサンは、あからさまに大きなため息をついた。
「やめろ。そういう意地の張り合いは何も生まないぞ。自分で死を引き寄せてるだけだ。まださっきの方がわかる。仲間の死を引き寄せたくないんだろ」
足立はパンを床に放った。私に与える食料だろうけど下から見たら何が入っているのかわからない平たい器は、まだ手に持っている。
「私は感謝している」
急に私が話し始めたので、足立は驚いたようだった。私はまだ目を閉じたままだったけれど、空気の揺れ方でわかったのだ。
「今まで私、人を率いたり、自分で人の道を決めたりするのはもちろん、自分で意思をはっきり示したことが少なかった。ううん、少なかったじゃなくて、無かったと思う。でもこうなって、初めて私、自分で意思を示そう、そうしないと何も変わらないと思えた」
そして私は目を開けた。
「喋るのも、食べるのも、いやだ」
足立は驚きと呆れが混ざった表情で、口の端をぴくぴくと震わせた。
「私は私を強くしてくれた足立に感謝してる」
私はまっすぐに足立を見上げた。
「じゃあ俺は」
足立は意外にも、唇の右端をぐっと引き上げた。
「お前が喋らないのも、食べないのも、いやだ」
足立は半分面白そうに言った。
私たちは睨み合った。私は目にあらん限りの力を込めて足立を見上げ、足立はにやついて私を見下ろしていた。

アンソロジー彼女 寄稿小説 「真純」冒頭

 セーラー服の下までじりじりと焼ける。八月も終わりだというのに、内巻きの髪が汗ばんだ首筋に纏わりつく季節は続く。肌に塗ったクリームが落ちる心配は要らない。最近知ったウォータープルーフという科学の成果に感謝する。
 東に向かう電車と環状線を乗り継いで着いたこの駅で、降りたのは私だけだった。駅前でも人はまばらな、都市部に近いとは思えない寂しい町だ。何の店かはわからないが、閉じたシャッターには片目が掠れて消えた女の子のイラストが描かれている。
 生ぬるい風が私の黒髪を揺らす。この町に来るのも、今日が最後。
「まじで使えねえ、死ね」
 改札を抜けていった背広の男が舌打ちと共に言った。その何かもしくは誰かは、彼の努力を水の泡にしたのかもしれない。しかしもしかすると、彼自身にもそれを使えなくする原因や問題があったのかもしれない。
 人間は、自分自身や自分が見ている景色を肯定するために他人を否定する。一人が存在するために生まれた否定は数知れない。判断基準など人それぞれなのだから否定も肯定も自由なのではないかという考えもわかる。でもだからこそ、社会的規範に反していなければ、肯定も否定もされなくていいのではないのか。否定によって存在する肯定なんて、私は肯定したくない。だから私は目的を果たす。
 バス停の側で、チェックのシャツを着た年配の女性がポケットティッシュを抜いては戻しを繰り返しているのが見える。彼女の不可解な行動の意味を、私は知ることはない。彼女は私に肯定も否定もされるべきではない。

 駅から五分ほど歩くと、この町にひっそりと埋もれる喫茶店がある。ドアを開けると、奥の席に座る多田間さんが待ちくたびれたように「来た来た」と言ったのが聞こえた。
 多田間さんとは、私が初めてこの町に来た日に出会った。ここで息子を叱りつけていた彼女は、息子がここを出た後、「おねえさん高校どこかしら? 進学校であればお話聞かせてほしいのだけど」と私に尋ねてきた。背筋が凍るほどの不躾さで、他の受験生を出し抜きたいという魂胆は清々しいほどに丸見えだったが、同時に私はある手応えを感じた。結局私は、八月末まで息子の塾の時間はここにいるという彼女に、高校受験の話をすることになった。時折見かけた彼女の息子は常に疲れた表情だったが、一度だけ目が合った時のバツが悪そうなはにかみは中学生らしかった。
多田間さんは学歴が低いと判断した人に対して、その人生が丸ごと無駄だったと言わんばかりの言いようをする。今日も同じように。
 「夏期講習が終わるから、会えるのも最後ね。そういえばこの前話した塾の厚木くん、うちの息子をライバル視してるくせに親の大学は二流だったの! 親の遺伝子継いでいたら勝手に落ちぶれてくれるかしら」
こんな話を、私は丸二十日ほど聞かされた。確かに学歴は努力の証であり、自分を表す記号でもある。しかし、他人のそれを否定して成り立たせるものではない。
 私は遂に、口を開く。
「『大根』という言葉からわかることを全部仰って下さい」
 多田間さんは「は?」と、化粧っ気のない顔を歪めた。学歴の低そうな反応だなと言いそうになる。
「野菜、お味噌汁に使う、白い、あと根菜、かしら」
 根菜、に満足感を含ませて、多田間さんは返事をした。
「それでは大根という言葉を聞いて、その味や新鮮さ、育った環境はわかりますか?」
何世代か前のクーラーの、ごうんごうんという音だけが喫茶店に響く。私は行儀良く膝の上に手を置いて、彼女を出来るだけ優しく見る。
「わからないに決まっているじゃない」
「そうですよね。瑞々しさや重さ、育ち方、名前だけではわからないことがたくさんある」
「何を言ってるの」
「確かに学歴は社会における基準の一つです。でもそれを絶対の判断基準とし、それにより他人を否定するのは恥ずかしいです」
 多田間さんはカッと表情を歪ませた。
「小娘に何がわかんのよ!」
 自身の息子に「二流以下に行くと社会でバカを笑えないわ」と言っていたのと同じ声で、彼女は私を小娘と罵った。
「自分の肯定は何も悪いことではないです。ただそのために他人を否定する必要はない。他人を否定して肯定を手に入れたって、それが間違っていることだってあるのだから」
 私は右手を上げ、下げる。そして咳払いを一つした。
「さようなら。息子さん、笑うとかわいいのに」
 多田間さんの歪んだ顔の、目と口がゆっくり大きく開く。






「早いじゃん。今日も可愛いしスタイル良いね」
駅前の牛丼屋の前に立っているのは、二週間前に私をナンパして来た男だ。






※実際には縦書き2段の小説となっております。
※こちらがおおよそ本編の1/10の量です。
※数冊私が持っておりますので、ご興味を持っていただけた方は是非お問い合わせください!

「助けて」「もういい……もう十分だ」①

拝島は本当によく耐えた。
少年から青年となり大人となるまで、殴りも蹴りもせず拝島は生きた。
でも今日、解放されるのだ。拝島は手放すのだ。呪縛を、血筋を。
「萱間……助けて」
拝島はほとんど泣きかけて俺を見た。
「助けて」
俺は拝島ほど美しい黒髪を持つ男を見たことがない。
今だって、夕日になり始めた太陽の光の波が、その髪の美しさをいっそう際立たせている。
拝島はまた言う。
「助けて、殺してしまう」
どこからか手に入れた銃を拝島は、腰を抜かした父親に突き付けている。
その父親は情けないほどわなわなと震えていた。
俺がこいつの息子だったら、自分を苦しめて来た男がこんなに小さくなっている姿を見たかっただろうか。見たくなかっただろうか。
「萱間、俺、ああ、助けて、俺は」
拝島はずっと俺に助けを求めている。
銃は誰かが与えたのだろうか。自分で入手したのだろうか。
何にしろこうなるまで拝島は俺に助けを求めなかったのだ。ここまで自分で来たのだ。
「拝島。もういい……もう十分だ」
もう十分頑張った。引き金を引け、拝島。








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拙いですが、かとうさんへのお誕生日プレゼントとして、
「助けて」「もういい……もう十分だ」を入れる掌編(これと次の記事のもの)を書かせていただきました。
(どちらもA5 1枚に手を止めずに書くいつものスタイルでした)
お誕生日プレゼントなのにこんなところに書いてしまってすみません!
かとうさん、お誕生日おめでとうございます&さよハヰ上巻おめでとうございます!!

“薄暗い影に待たせた友人のひどくゆるんでいる靴下の/田島千捺”

「よう……」
最初の一言を何と言おうか考えあぐねているうちについてしまった。
よりにもよって街灯が当たっておらず、塾から漏れる明かりも当たっていない薄暗い場所に立っていたヒイカは、「あっ」と怯えたような声を出して持っていたケータイから顔を上げた。
それが幼馴染に向かって出す声かよ、と内心でヒイカを蹴った。
「ご……ごめん」
謝ったのち、ヒイカは黙って俯いてしまった。
「いや、謝られても」
俺は引き攣った笑いを浮かべるしかなく、沸々と湧き出る怒りを抑えるため、ヒイカと同じように俯く。
何なのこいつ自分から田上くんが好きですって呼び出しておいて最初に謝る?さっさと用件言えよ俺はお前の都合に合わせて動けるほど暇じゃねーんだっての今だって自分の塾が終わってからわざわざ来てやってんだトロトロすんなと叫びたい気持ちを堪える。

ヒイカのソックスが片方、ゴムが全て抜けたみたいにゆるゆると靴まで落ちているのが見えた。
俺はこの女のこういうところが大嫌いなのであった。

呼び出したのはヒイカだが待たせたのは俺だ、この場合どちらがこの場の主導権を握るべきだろうと考えトロトロしているヒイカを引っ張ってやろうかと思ったが呼び出した方が話を進めるべきに決まっているだろクソ女。
俺はお前の駒じゃねえんだぞ。
友達……友達だろう。

「わ、私、田上くんが好きなの」
駒じゃねえんだ。

「だから、西森くん、協力してくれる……?」
俺は、この幼馴染が、この友達が、この女が、大嫌いだ。




“薄暗い影に待たせた友人のひどくゆるんでいる靴下の/田島千捺”
田島千捺さんが詠まれた短歌を解凍させていただきました。
光景が浮かぶままに10分くらいで書いたものです。
田島さん、ありがとうございました!
プロフィール

えるれ

Author:えるれ
好きなサイボーグは004です。

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